里を興した最後の一人が世を去るその前に、若者たちは旅立つ。  彼らの血脈に巣喰う悪しきもの、ヤミなるものを、遠い土地へと運んでゆくために。かつて同じようにこの地へ辿り着いた長老たちがそうしたように。  少女の家の炉辺にいつもの顔が揃うのも、今晩限りだった。  兄は身重の妻と共に里に残る。母と、旅路を行くには幼すぎる一番下の妹も。父はすでになく、少女と共に行くのはすぐ下の弟だけだ。 「おまえが先導役とはね。お転婆の面目躍如というところかな」  兄は大きな身体を屈めて、少女の足首に色鮮やかな平紐を巻きつけた。 「うるさいなあ。たまたま年長だったからでしょう。弓の腕はあいつのほうが上だし、あの子は私よりずっと頭が回る」 「その子らの首根っこを押さえておけるのは誰かという話なんだよ。こういうのはさ」  そう言って笑うものだから、少女ははだしの踵でぐいぐいと兄の膝小僧を踏みつけてやった。  ヤミと共に受け継がれてきたまじないを編むのは、里に残る者たちの役目だった。  かわるがわる、一目一目、明るい色彩に染め抜いた紐を結び、旅立つ若者たちのため美しい環を作り上げる。旅人の左足に巻かれるその無数の結び目は、ヤミを閉じ込める檻であるのだという。  少女は兄から、弟は母から足環を受け取った。  小さな妹は取りついた母の背中越しに、固く結ばれるまじないの紐を見つめている。日ごろであれば寝床に入っていないことを咎められる時分だったが、今日ばかりは見逃されていた。  あてのない旅だ。旅人たちは生まれ故郷を遠く離れた地に新たな里を興し、いつの日にかまた一族の旅人を送り出す。  旅路の先へ先へと足跡を繋げ、幾つもの故郷を連ねて行ったとしても、人々の内からヤミなるものが消え去ることはない。天地に人がある限り、ヤミもまたあり続けるものだから。  こんなことをして何になるのかと憤る若者もあった。  そうしないことを選ぶのであれば、好きにすれば良いと旅を率いる少女は答えた。脅し文句ではなく、心よりそう思う。  ――私は行く。できることならば、人の手も届かぬ遥か遠く、遠くへと。 「母さんとみんなをよろしくね」 「ああ」 「おちびさんをあまり甘やかさないで。兄さんにねだればなんとかなると思ってる」 「はは、わかった。そうしよう」  兄の傍らで静かにたたずむ義姉にちらと視線をやると、心得ているとばかりに頷く。きっと、大丈夫だ。  彼らは愛情深い父母となるだろう。生まれてくる子が甥なのか姪なのか分からないままに行かねばならないことが残念だ。  一瞬の抱擁を交わして少女は兄から身を離した。  辛気臭い顔は見たくない。見せるつもりもない。  残してゆく日々が平穏であることを願って、ただ、行くだけだった。

▼あきさんへのお題は 【代々受け継がれた足環】、【増え続ける隠れ里】、【巣食う】です! 予備:【毛皮】

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